過去・現在・未来
陸上競技の関東学生選手権(関東インカレ)が16日(金)から埼玉県 熊谷市内の陸上競技場で行われています。
もともと、関東インカレといえば、東京の国立競技場で行われるのが通常で、今から25年以上前・・・私が学生時代に陸上競技をやっていた時も4年間とも会場は国立競技場でした。
その国立競技場が、2020年の東京オリンピックの開催に向け新施設に生まれ変わるために、この7月取り壊しになります。現在の競技場での陸上競技会の最後の開催となった先週11日のゴールデングランプリ陸上をテレビ中継で見ながら、自分がこの場所で走っていた頃を思い出していました。
私が初めて国立競技場で走ったのは、中学3年生の時でした。私は当時、学校の野球部に所属していましたが、私の通う中学校には陸上部はありませんでしたので、練馬区の陸上競技大会(連合陸上)には、運動部を中心に走れそうなメンバーを校内で選抜して参加していました。
当時の私は学校の中で1500メートル走が速かったこともあり、先生のいわれるままに3000メートルに出場しました(ヘロヘロになって走り、確か10数位くらいだったかと思いますがよく覚えていません(笑))。
当時のワクワクは、「あの国立競技場で走れるの?練馬区の大会で?」でした。「これは一生のいい思い出になる」くらいの気持ちで走ったのを今も覚えています。
高校に入って陸上競技を始めましたが、当時、高校の試合で国立競技場を使うことはありませんでしたので、中学生時代の思い出の国立競技場のトラックに私が再び立ったのは、大学生になってからでした。
学生時代、関東インカレには2年生から4年生まで3回出場し、東京開催の全日本インカレ(全日本学生選手権)も含めて、この国立競技場で何度走ったかわからないくらい走りました。
一番の思い出は、3年生の時の関東インカレの400メートルで優勝し、200メートルで2位になった時のことです。
その勢いで、400メートルで全日本インカレにも出場し(残念ながら決勝には進出できませんでしたが)、若かりし頃の私自身が輝いていた(個人の感想です、笑)時代の舞台となっていたのが、まさにこの国立競技場だったのです。
今も当時と変わらない「国立競技場」がそこにあり、その競技場が間もなく取り壊されるのはやはりどことなく寂しい気持ちになります。
でも、何年後かには、最新の設備を整えた新たな競技場として完成し、次の世代のアスリートたちの活躍を支える大舞台になるのですから、楽しみですよね。
誰しも、過去には、辛かったことや苦い思い出と共に楽しく輝いていた思い出もありますよね。
時は常に流れ、今を精一杯生きる中で遠い過去を思い出すことは普段はあまりありませんが、こうして何かのきっかけで過去に思いをはせ懐かしく思うことも良いものですね。
高校時代、都大会の400メートルで優勝しながら、三年生の春に足を骨折し、インターハイ出場を断念せざるを得なかったこと、学生時代も度重なるケガに泣き、結局一流のアスリートにはなりきれずに陸上競技生活を終えたことも、今も私の人生の思い出の中では達成しきれなかった夢として苦く心に残っています。
でも、そんな過去があったからだと思います、今の私があるのは。アスリートとして成功していたら、たぶん、今とは全く違った人生を送っていたでしょうから・・・。
経営コンサルタントである今の私は、この仕事をしていて心から良かったと思いますし、この環境に身をおけていることに感謝しています。今のフィールド・今の舞台で自分らしく輝いていたいと思う今日この頃です。そして、明日からの未来も一層の変化・進化を続けつつ次の自分らしさを追求しながら進んでいきたいと思います。
早く目が覚めた早朝の東京は風も穏やかな晴天で暖かく、絶好の競技日和(笑)です。
陸上部に所属する高校生になった息子が、先ほど都大会の会場となっている駒沢公園陸上競技場に向けて出かけていきました。